「学歴は重要じゃない」と言い切るFラン大学の学生に肩書きの重要性を丁寧に説明します
Fランの学生はよく「学歴は重要じゃない、人間は肩書きじゃない、俺という人間を見てくれ」というような主張をしています。
この主張は「学歴は重要じゃない、人間は肩書きじゃない」というところまでは正しいのですが、「俺という人間を見てくれ」という部分が間違っています。
●浅い付き合いの人間も多く、肩書きで相手を判断する必要性が増してくる社会人
つまり、一般に他人を判断するとき人はまず分かりやすい指標から注目しますから、外見や肩書きといった物事を場合分けしやすい表層上の情報が他人を判断する上で用いられるのは当然のことです。
学生であったころは、同じ学部・同じ大学・同じ年代、といった形で何かしらの共通点がある人と付き合うことが多く、利害関係もなく、話し込む時間もあったわけですから、相手の性格を見て人間を判断できました。
ところが社会に出てみるとそうはいきません。良い意味でも悪い意味でも様々な人間と出会うことになり、そして特にそれがビジネスでの相手であれば、素早く「役に立つかどうか」「信頼できるかどうか」を判断しなければなりません。
名刺を交換し、自己紹介しただけでその人の人柄の全てが分かるでしょうか。仕事を信頼して任せられ、かつ高いクオリティでこなせるか、その場で自信を持って判断できるでしょうか。
そういった点で肩書きは必要です。勤めている会社の名前はその人の才能や今までの努力が分かりますし、社内での役職はどれだけ仕事ができるかを判断する材料になります。
どれだけ年収があるかを直接聞く機会はなかなかありませんが、それはその人が会社からどれだけ認められ、ひいては社会からどれだけ必要とされているかを示す重要なバロメーターになります。
逆に言えば 、Fランという時点で企業からは「才能や努力が足りていないんだな」と判断され、それが社会に出てからの肩書きや年収、そして他人からの評価に直結していきます。
会社同士の付き合いも同じようなものです。会社の中がどんな環境か、いちいち確かめる余裕はありません。事業実績や年間売上・利益は、どれだけその会社が世の中から必要とされているかの判断基準になります。これは人間で言えば学歴と年収にあたりますね。
重ねて言いますが、お金をどれだけもらっているか、ということはとても大事な個人のステータスです。お金を払う、ということは極論その人の能力を数字で示したものです。あなたという人間がどれだけ社会から必要とされているか、ということでもあるわけですから。
●Fラン生の主張がいかに自分勝手か分かりましたか?
そう考えると確かに「人間は肩書きじゃない」ですが、「俺という人間を見てくれ」というFランの主張は間違っています。
「俺はこう見られたいからそのような肩書きをつけて相手が俺という人間を判断しやすい状況を作っておこう」くらいの配慮が出来るくらいの人間になれるといいですね。
まあ、別にどう見られてもいいのであれば、学歴はどうでもいいですが、周りにあれこれ判断されることに関して文句をつけるのはやめましょう。
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