【悲報】日東駒専合格率が難化!関西に流れる大学生!


’18年あたりから首都圏Fラン生がのうのうとしてられなくなりました。

中堅大学の代名詞・日東駒専合格率が難化してるのです。センター試験で8割をとらければ合格できないというとんでもない噂が流れています。

いよいよFランも『のうのうとしていれば卒業できる安楽の地』ではなくなってしまうのでしょうか。

 

・大学定員の厳格化が拍車をかけた

事の発端は、文部科学省が、『入学定員管理の厳格化』を勧める方針を立案したからです。’18年に方向性が決定づけらたこの法案の骨子は以下の通りになります。

大規模大学は1.1倍、収容定員が4000人から8000人の中規模大学は1.2倍

私学は、国からの補助金が命です。

国から補助金が出なければ明日にでも、おとり潰しになる大学は多いでしょう。かといって日本の大学生全員が全員SSランに合格できるほど頭がいいのではありません。

国は『学生の質をバブル期以前に戻す為』という意味合いを込めて、入学者の抑制という手段にでました。エサは『規則を破ったら補助金の打ち切り』です。私立大学にとって、これ以上の痛手はありません。

・Aラン生やMARCHを受ける学生が滑り止めとして使っている

日東駒専が難化する理由として、第一志望をAランや、MARCHに絞っている学生が、滑り止めとして利用している事があります。

先程紹介した
『SSランやAランに行ける地頭なのに、Fランに来た学生』の話は、昨今の大学事情を反映していると言えます。

文部科学省は、地方から首都圏に学生が集中する事も防ぐ方針ですので、今後はこの様な学生が関西の産近甲龍(産業大学・近畿大学・甲南大学・龍谷大学)を滑り止めとして受ける可能性があります。

産近甲龍は、20代半ばの同校OBにとってはFランでした。ここ数年で学校のアピールや、滑り止めとして受けに来る学生によりランクが上昇したかにみえる大学です。

・’70年代定員の7倍も大学生を入学させていた!

 

Fラン生の、おじさん世代が大学生だった’73年は、定員の最大7倍まで入学オッケーという時代でした。

定員の7倍まで入学させておいて何故、今のような『全入りFラン』にならなかったのでしょうか。

バブル崩壊時まで、学生が多かった為、極端な話ですが私立大学や進学塾は儲かる商売だったのです。

’70年代なら大学進学率25%、共通一次が導入された頃ならさらにひきあがり、偏差値50あったとしても、推薦入試のエスカレーター方式でない限り、合格率7~10倍は当たり前でした。

その為、毎年『定員より大幅に学生を募集』しても文部科学省から何も言われなかったのです。

定員の7倍も入学させておいても、Fランが出来ず、『大学に行くことが人生のプラチナチケット』と思われていた時代と、今では大学事情は全く異なるのかもしれません。

 

 

 

 

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